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詩誌 空想
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Mr.田中氏 翠蓮ツバサ


田中氏は、歩いていました。
ミッチェルと名付けた、ぺたんこの鞄を提げて。
田中氏は、歩いていました。
本日は、晴天なり。
青空は、雲一つ存在させず。
窓ガラスに映った、まあるい背中を正しました。
通りで、猫にすれ違いました。
うっかり、水たまりを踏みました。
見知らぬ猫が、引っかきました。

田中氏は、自分の名前が嫌いでした。
そこで自分を、ジュリアスと呼びました。
もう後戻りはできない
と、呟くのが好きでした。
しかし、そのことは内緒でした。
川を渡ることができない
と、知っていたのです。

通りには、電気屋がありました。
毎日通る、電気屋でした。
たった一つの、電気屋でした。
電気屋には、テレビが一台ありました。
黒塗り、ボックス型。
時代に、乗り遅れました。
拗ねてるのか、意地なのか。
いつも同じ絵を、映すのでした。
逆さまの少年が、大きなヒトミを向けていました。

田中氏はミッチェルから、小さな地球儀を出しました。
小さな小さな、地球儀でした。
こんなに小さな箱庭で
この道のりはどこまでも遠く
私の足では
きっと届かないだろう
せめてもの救いが神なのだとしたら
電波と名付けた箱舟に乗って
彼らの所まで
そして、そして、そして、そして、
そして、そして、
そして、
田中氏は、笑いました。
ガラス越しの、少年に、触れました。
田中氏、は、歩き、ました。
ミッチェ、ルを、揺、さぶ、りながら。
田中、氏、は、歩い、ていまし、た。
途、中走、った、りも、しま、し、た。

壁は壊れたはずなのに
胸はむかついたまま
早くこっちにおいでよ
だれのセリフなのだろう?
お隣さんのコンクリ塀
落書きに犯されて
壊してやろう
と、言いました。

田中氏は、家に着きました。
妻の静が、出迎えました。
田中氏は、二人暮しでした。
子供は、とうに出ていきました。
彼女はふと、怪訝な顔をして。
「あなた、どうして泣いていらっしゃるの?」
田中氏は、笑いました。
田中氏は、笑いました。
「なんでも、ないよ」
と、言いました。
「水を一杯、くれないか」
とも、言いました。

青の抜けた、コップの底に。
田中氏は、自分を見つけました。
彼はふと、怪訝な顔をして。
「ジュリアス、どうして泣いているの?」
ジュリアスは、答えませんでした。
代わりに、手が痛みました。

田中氏は今日も、電気屋の前を通ります。


不在の一脚 古月


切り落とされた枝が芽吹いて
いびつに折れた朝の出来事
春まだ浅い日の寝ぼけまなこは
過ぎたことを知らずにいる

幸せな枝に降る雨は優しい
見知った顔をした人達のように
安らぎで包む穏やかな日々に
霞む景色が遠く聞こえる


裏返しても気づかない程の
愛情を着飾る人の庭では
落ちた雛鳥が見る長い長い夢の
未発達な翼が風を掴む

飛び方を知らない人が描いた
構図の狂った空だとしても
いつもの笑顔で笑い合えると
物語る人は信じている


 *


滲んだ線を見限る
理想だけの世界で眠る
我が子を見守る母親の
鉤型の指が指し示す先の

背後で翳る陽差しの塞ぐ
瞼の速度で忘れている
閉じた瞼を開くことも
塞いだことも忘れている


 *


大好きな人たちだけを集めて
楽しく暮らせればそれでいいのに
暮らしの中には不愉快な規範や
あなたにそぐわぬ規則がある

わがままを言うだけの椅子が空けば
食卓は明るく豊かな筈なのに
それはそこに依然としてあるままで
片付けられるのを待っている


理想に打たれる雨の相槌を
調子外れの歌に打つ膝を
歌の上手な小鳥の真似で
羽の綺麗な蝶々の振りで

あなたを愛する人の優しさは
あなたの不在で成り立っている
数え切れない空っぽの椅子に
数え切れないあなたがいる


 *


昨日
あなたはわたしを思う
あなたは皆を愛している
わたしの思う
あなたを思う


今日
わたしはあなたを思う
わたしは皆に愛されている
あなたを思う
あなたを思う


明日
あなたを思う
あなたは思う
あなたを思う
わたしを思う

無題 そら


大きなあいつに 小さなあなたが 立ち向かった   叶いっこないって人々は笑ってた
    でも   あなたは   強く

あたしは呟いた  ざま−みろ って
だって あなたとあたしを引き離したのは あいつだったから
ねぇ darling
あなたは 優しいのね
すぐにあいつを許すかのように 消えていくもの

あなただけでいい この世を照らすのは
あなただけがいい あたしにふりそそぐ光は

知ってる あいつがいないと あなたを見れないことぐらい
分かってる 一生あなたに会えないことぐらい

    分かってる?     知ってる?

     本当? あたしの気持ちは―   



会いたいよ 触れたいよ 一緒にいたいよ
     分からず屋なあたしを許して

今夜もあなたを眺めます 星空の下 あたしだけで
                       夢を見させて?

好きよ 好きよ 好きよ 言いたい けど言えない


ずっとあなたを見ていたい  叶わぬ願い

あたしの頬の 一筋の流れと共に  消えていく

Musica Purgamentum 葉月二兎


 井戸から汲み出した雛鳥の
無精卵に含まれていた「しんでいけない」と嘆く
それに、腕が二鎖
 の塩基配列になって絡み付いている

磁鉄鉱の硬度のように携帯できる重力となって

それが何処からか剥がれ落ちた大き
 な破片であるとさえ思っていた
ただ隣接した地肌に イオンの濃度が高まっていることを、

「さようなら。君の奇形児。」

でも、僕らはそれを丁寧に拭き取って、
ダンボールのなかに置きっ放しにしてい
たことが嬉しかったんだ

僕らから君を取り集めようとしても、
見つかったのは永遠、 
 それも、意味
の持たない永遠が、それを代わりに再生されてしまう

浸透圧によって溶け出してしまった火星の氷の破片すらも僕らは飲み込んでいた気でいたんだ
僕らの部屋に降り注いでいたのは不器用な傷
 を付けられてしまった衛星

馬の胎盤を僕らがその破れ目に吐きだした

ほら、それが
 北側に飾っていた白い花の観念に似ていた

それは冷静を装っているけど、狂っている
かのような、微笑みを
君は永遠から取り出して
  互いを知らない存在の、実験を取り仕切る
だけの、
正体を少し知る

水滴の表面に君の足音がうずくまることのできないように
赤いペットボトルが列をなして
それくらいの配給
 を待っている

「私、こわいわ。だって......」

君と僕らが日々を乗り過ごしていた皿のうえに
お腹はすいていませんか?

胎細胞に蛾の沈み落ちてゆくよ
みたことがない
 それを
隠すようにして、

僕らは困難な時にあってさえ、互いの存在を知らない
ままに、  それが何であるのかを見極めようとしていた
    肺魚
が、産み付けられました

まるで化石から営みを掘り出したかのよう
に君の子
 宮は汚泥の匂いしかしない

して、さえ、
僕の視覚は観念のパレードを廻り、
剥き出しの頚椎に青白く噛み跡を気づかせる
のは、そこ、
けして、色がなかったからではなく

液晶の水面となった感情がそれを食べている
  雌馬が爆弾を飲み込ん
で破裂してしまったよ

臨月寸前だった幽霊が壁掛け標本のなかから脾肉
の 軟らかさを汲み出したから
僕らの季節に花々を渡して
  からは、
毒蛾が僕
の背の高さまで闇を築く

 だけの、それ
に、正体をまた少し知る
「僕らの、同じ深淵のなかでは眠れない」
 それの、意味
の持たない永遠が

して、さえ

ヘビと戦う たもつ




朝起きて、俺
ヘビと戦った
その日はとにかくひどい洪水で
俺の大事にしていたポシェットも流され
銀行などの床も水浸しになり
家の冷蔵庫は野菜室まで水が入り込み
それでも、俺
ヘビと戦った
ヘビは鎌首をもちあげ
毒があるのかないのかは
種類がわからないのでわかるはずもなかったが
どうせヘビにも俺の種類なんてわかりはしないのだ
だから俺、頑張って
ヘビと戦った
手をこうして、それからこんなふうな格好をして
そうこうしているうちに朝がきて、俺
ヘビと戦った
洪水のせいでさっきから
父と母の体が見つからないのだが
俺は俺の膝みたいなところまで水につかりながら
街を歩いて探しまわり
時々、交差点で信号待ちしながら、俺
ヘビと戦った
途中、母方の叔父さんと会ったが
俺のあまり知らない叔父さんだったので会釈だけして
新任研修の時に習った角度どおりの会釈をして
ヘビは鎌首をもちあげ
誰もヘビとの戦い方なんて教えてはくれなかった
生まれてからずっと誰も教えてくれなかった
とにかく、冷蔵庫の野菜室の水をくみ出し
キャベツの類とニンジンの類とほうれん草の類に分類し
けれど、時々開いてはまだ知らない世界を夢見ていた俺の
大事な食品成分表もポシェットといっしょに流されてしまったので
含まれているミネラルやカロリーも調べられずに、俺
ヘビと戦った
俺はけっして戦うために生まれてきたわけではない、けれど
俺はヘビと戦うために生まれてきたのだ
そんなことを考えているうちに朝がきて、俺
ヘビと戦った
窓を開けると、あんなに探していた父と母が
体ごと家の方に泳いでくるのが見える
もう、水は全部引いたのに、泳いでやってくる
その見事なフォームに見とれているうちに
ヘビは俺の脚にかみつき
少しずつ空気が抜けて身体はしぼみ
ついに俺はヘビになった
正確に言うと、やっとなれたのだと思う
ヘビになった俺は隙間のようなところから外に出て
俺になったヘビは、またどこかで戦おうと心に誓うのだった
父と母はようやく家に泳ぎ着き
俺になったヘビが、おかえりなさい、を言うと
父は、今日の夜は出前でいいだろう、と言い
母は、おまえを産んでよかった、と言う
もう数十年も前の話なのに
まるで新品の思い出のように
おまえを産んでよかった、と言う
 
 

水族少女 透夜


前髪をまとわりつかせる額の滴や
白いブラウスの奥の匂いやかな腋や
濃紺のプリイツスカアトに
隠された膝やそのさらに上の
熱や熱気やしめり気

抱きしめるにはあまりに熱い
水族の少女

長い階段ですれ違いませう
かすかにあがった息の匂いに
あなたは恥じらうでせうが
わたしはそれを
百合の香だと思うでせう

ドキドキしながら待っています 夏樹 鳥ノ枝


時計がひと回りすると知らせてくれるチャイムが早い
家路を急ぐ子たちの足音が、運動部の掛け声が遠い。

初夏、固く冷ややかなコンクリの渡し廊下。
同じ色のスリッパが並んだ下足箱にもたれて。
同じ色のスリッパ越しに長い時間床を温めていた。

渡す予定の可愛い紙袋。
幾度も持ち直したりしてるうちに。



パッケージの中身が粉々になっていたのだとか。

あの日私は玄関を迂回して窓から逃げた。
変な気恥ずかしさと君がいなかったら落胆するだろう私自身から逃げた。

後日、図書館で君に渡されたのは簡素なココナッツ入りのクッキー。
ココナッツ嫌いなんだと洩らしながら嬉しそうな面で食べてた私なわけだけれど。
かの当日に渡されるはずだった何かの行方なんて。
これっぽっち知る由もなくと、言い訳。

あの日に手に取りそびれた何かは二度と私の元へ戻ることがなくて。
ドキドキしながら待っていたのだと昔の笑い話を聞かされるまで。
気が付くことなく思い遣ることなく。
自分勝手だったと10年経って反省をする。。

鳴き声 たもつ


 
 
キリンという名の
魚がいる
もちろん
首が長いのが特徴なのだけれど
サバンナの夕日を思い出すと
時々自分の鳴き声が
わからなくなって
溺れてしまう
 
 

Life & Dream おやじA



人はいつも夢を追いかけ、それを掴むために、あらゆる事に興味を抱き、試行錯誤を繰り返す。

夢、それってどこにでもあるもの、また拾えるもの。。。

でも、夢のまま終わっていいのか? あきらめてしまっていいのか?

どれだけその夢を掴むために、どれだけの事に耐えてきたのか?

そしてその夢が理想から現実へと変わっていく過程を、

人は、Lifeと呼ぶのかもしれない。




刃 ふるる


歪んだ月が落ちかかる
か細い針の雨が降る
ねじれた泥の水溜り

そこに沈んで横たわり

たわんだ私は動かない

舌に水滴

硬まりつ、

ガラスの破片を片頬に



なんの気なしに闊歩した
びろうどのごとき黄昏に

閃光

衝撃
はや、大事故か
けれども無垢な人々は
互いに談笑見つめあい
素直に行列歩き去る
犬の子人の子こけまろぶ
まあるい嬌声二つ三つ

だけども私は動けない
瞳に血色のサングラス
か細い針の雨刺さる
ちろりと眼球動かせば
歪んだ月と見紛うた
ギラリ刃が目に留まる
ショウウインドウ派手に割れ
かなりの深手と思し召す

ああ一体何事か
泥の向うに佇んだ
刃の主は忘れえぬ
三歳(みとせ)を絡ませあったひと
ギラリ抜刀垂直に
振るった指は軽々と

嗚呼
それは、
それは、

彼のひとの

別離を告げる
鋼の、


腐る 古月


息つぎで歩く白昼
落日よりも少し遅い速度で
川底でのたうつ
魚のやわらかい腹が銀色に輝き



若くして妻を娶った彼が頬を緩ませ
出来の悪い女房だが女としての仕事はするよと
腹ぼて女の健やかな体を見せてくれる

清潔な部屋のどこかで魚がのたうち
やわらかい腹の銀色が臭う



水で膨れた白い腹は
何ものかなど知る由もなく
生まれてくる生命を着飾る女のやわらかい
幸福を眺めるしかできない

ひきつづき たもつ


 
 
バスに乗る
名前だけが剥がれていく
何かの間違い、というより
むしろ略式でも正しいことであるかのように
良かった、わたしたちは
バスに乗られることがなくて

席に座り
バスの一番柔らかいところを
かじるわたしたちは
軽くなった分、どこか許された気がするけれど
内緒の話をしている時みたいに
口に広がる幸せは
いつも恥ずかしい

窓を開ける
景色だけがあり
他には何もないことを
ひきつづき景色と呼んだ
毎朝生まれ変わり
それでもわずか百数十センチの背の高さから
地面に落ちることを恐れなければならない
良かった、わたしたちは
窓に開けられることがなくて

それからともすると
降車ボタンは赤く光り
わたしたちを降りていく人が
少しずついるのだった
 

君に、poinsettiaの花園を ノいキ








鈍色の蛇口を捻れば
溢れ 滴るのは、金だった


ある者によって 慈しまれ
愛しまれ、育まれた 文明の要

さらさら
・・・さら
さらり



まるで 曇り無きhandkerchiefで
慈母神の柔い指先に 磨かれた
きらり
きらり、と 透き通る惑星の血潮

彩宿さぬ布切れで
目隠しした ある男

銀鼠色の蛇口
無意識
手を伸ばす



 「暫し 待ってはくれぬかね?君よ」


観えながら
看えぬ瞳で 振り返れば

濡羽のtuxedo
ゆるぅく
正しく 纏いし
見知らぬ、紳士


 「君が 肉刺だらけの指先で触れた、それ。
  ああ、そう
  その蛇口だ」


苛立ちのポインセチア
左胸に 小刻みなリズム
揺らし

・・・ふぅ

まどろみの アフタヌーン・ティー
終えたばかりのような
息を

・・・ふぅ

幾度か 吐いた


 「私の、根拠など皆目在りはしない 
  単なる 予言だがね
  鈍色を ゆぅっくり、捻ったところで
  恐らく 求める宝石は、姿を現さぬだろう」


タン
タン
タタン

・・タン

杖が 鳴る
唸る


男は知らなかった

ポインセチアで 目尻を拭う
たった一人の、紳士を


 (嗚呼、知らない)

 (私は)

 (・・・知ら、ない)


男の脳に ふてぶてしく、居座るのは
蛇口を捻れば
零れ堕つるのは 金

彎曲した 事実


紳士が
剥がれ堕ちた
一片の花弁で

・・・そっ
と、目尻を覆い隠し

・・・ほぅ
と、幾度目かの 息
やぁんわり
吐いて


 「蛇口に繋がった 巨木の根は
  母君との小指に、辿り着くと
  幾度も 囁いて居るのだよ、私は」


紳士が
泣く


 「それだと云うのに 君と云う児は
  無闇に蛇口を 捻るのかい?」


男が
惑う

・・・嗚呼

透き通る 硝子の目隠し
結び目が 解け逝く


 「渇き切った細い喉を 潤す為かね?
  積み上がった陶磁器を 洗い清める為かね?」


・・・嗚呼

男は知らないのだ
不安定な 声色を
孵せないのだ


渇き切った 砂漠の喉奥の痛みも
泥水に浸された 陶器の重みも

男は知らないのだ
硝子の 布地を
閉ざされた瞼が、纏う事さえも




 「・・・失敬」


褪せた薔薇に
目尻を彩めた
一人の紳士

左胸
ポインセチア
泣き崩れ 演舞

解れ逝く 布地

・・・はらり
・・・ひらり

黄金に煌く、金の海原へ
溺れて

・・・気味の悪い音色がした
蛇口を捻れば 溢れる
聴き慣れた、旋律は

目隠しが浸った 刹那の刻
聴き慣れぬ
気味の悪い音色が したのだ


 「如何かね これで良く理解出来るだろう?
  あぁっ、いけない!
  折角 拓いた瞳を、逸らしてはならぬよ」

 「・・・止してくれ。
  聴くに堪えないんだ、この不協和音は」


嗚呼

鼓膜に 痛い

啜り泣きにも似た
見知らぬ 嘆き声が

・・・痛みに
脚が カタカタ、震える

一粒の雫
目尻に立ち尽くした


 「そう それが 答え、さ」



紳士が
微笑む

ポインセチア
ただ
ただ、揺れる


 「・・・君に このhandkerchiefを贈ろう。
  何、安心したまえ
  蛇口の滴りで 湿っているのではないよ」


しゅる、り

首元飾る
冷ややかであり
人肌である

慈母神の掌の 彩を宿した
handkerchief


 「私の 誰かの 目尻の雫、さ」


男は
初めて
紳士を、看た

見知らぬ筈の tuxedo

・・・嗚呼
だが
微笑む その紳士の面影は・・・―――




 「往きなさい 君よ。
  何をチェス駒のように
  迷う事が あるのかね?

  獣途が退屈そうに 寝転がって居るだろうが
  次の町は 広大な小麦の絨毯が望めるとの、噂だ。

  ―――君に、poinsettiaの花園を」







.

海を眺める 古月


おだやかな浜辺にも時おりは
大きな波が打ち寄せるから
ガラス瓶の中の帆船は今も
まっさらなまま
海を眺める

コルクを捻る指先の
懐かしい体温が静けさに降る
さよならの泡に浸した素足に
命があふれて心地良い

古いインク壜の中の嵐が
沈んだ濁点を舞い上げたあの日
コルクを締めるきみの言葉が
途切れた過去のつまさきで遊ぶ
ふたり生まれ育った穴開き長靴の底で
独り言を食べている

くもり 埋ありあ


左目を閉じて
右目をうんと開いて
あたし顕微鏡は
あなたの瞳の 口許の
わずかな嘘だって見逃さないよう
じっと じっと目を凝らすけれど
あなたの匂いだとか
他愛もないおしゃべりだとか
冗談みたいにつないだ手だとか
ばかりが気に障って
結局
あたしは
くもった眼鏡に
やきもき
している
(レンズには百合の花粉が乗っている)

あたまが痛くなる
もうすぐ雨になる

水槽 ナツキ


並び立つ四角の中を生まれて長らえる私の子ども
遊びながら、また数々の面に溶けては反射するだろう姿に
目を失っても、あらゆる嘘を眺めるだろう、貴方の毛を
吐き出す様にバスタブで耳を塞いで声を聞いて
くねやかに立つシャワーノズルの水の不透が締め付ける小さな箱を飽和して
たかが二畳ばかりの空気の果てしなさのみっしりと透明に落ち込んで溜まっている
子どもたちが、役立たずの空回りする換気ファンの格子の黴の暗がりの隙間に
小さな幼い目をぎょろつかせながら
それでも欲しがっている大量の嘘に
青白い脳を忘我の水に落とし込んで私の、 空は。

アンダーワルツ 翠蓮ツバサ


アンダーワルツ
キスして並べ
まわるるまわる
レコーダーの再演

手をのべて
リズムを刻む

くりいむくりいむくりいみい
少女は砂糖菓子のように
あまくあまく
理想を述べたのは、
僕か君か誰か

アンダーワルツ
酔い痴れたグラス
溺れる
あまいあまい曲目

アレグロ ラルゴ モデラート
細やかに情熱を
木苺のデザート
烏玉にキスを落して
まわる、まわる

プレスト アダジオ カンタービレ
昇る、昇る
とけて、とけて、
燃え上がる矮躯
ウォッカを傾けて
ぼやけた輪郭に、鮮烈なノイズで
焦がして

はら、はら

はら、はら

はら、はら、はら、

アンダーワルツ
玉藻浮かぶ水槽
熱を掬って

優しさの旋律が、
夢へと、誘う

おやすみ

良い夢を

新世界 蒼


闇を超えろどこまでも
揺らぐことの無い魂を今解き放て

すべてを開放する時 悲しみのドアは開かれる
消えない痛みも何もかもをそのドアに放り込め

終わらない旅路はどこまでも
永遠の中にある僕等はすべてを支配する

新たな旅立ちを迎える時僕等は世界の真ん中に立っている
それが生きるための全てだと言うように


希望も未来も絶望も何も無い僕等はただ其処に生き続ける
まるでそれが全てだと言うように

新しい世界への旅立ちを君は許すだろうか

闇の中に立つ僕等を許してくれるだろうか

危険だと叫んでいる心に背く事が
どれだけ死に近い事を意味しても

それでも僕等は闇にあり続ける
全てを失おうとも捨てるわけにはいかないから

今新しいドアが開こうとしている

新しい世界への闇が

まるでそれが世界の全てだと言うように


しあわせ あひる



誰かが幸せになると
誰かが不幸になるの



あなたが幸せなのは

だれかが不幸だから



あなが不幸なのは

だれかが幸せだから


みんな幸せになんて
なれないの。。。。



難しいね

声 たもつ


 
 
  タクシーに乗って
  道を歩く

こんな時間までお仕事ですか?
運転手が尋ねるので
ええ、まあ
と答える
今日は暑かったですね
暑かったですね

  本当に暑かったのだろうか
  暑かったと答えたのだから
  本当に暑かったのだと思う
  長い道のりになりそうだ
  歩けるのか心配になる
  ラジオからナイター中継が流れてくる
  一進一退の攻防が繰り広げられているらしい

  県道の切れ目
  少し奥まったところで
  一組の男女が手を挙げている
  タクシー、止まる
  同時に
  わたし、止まる

お客さん、相席よろしいですか
構わないですよ

  中年の男女が乗り込んでくる
  二人は深刻な様子もなかったが
  楽しげでもなかった
  タクシー、発車
  同時に
  わたし、歩き始める

すいません、注文お願いします
恰幅の良い男の方が声を出す
おかみが来る
ビールと枝豆とモツの煮込み
男が注文する
カルボナーラをください
女が注文する

  しばらくしてテーブルに料理が並べられる  
  こちらに遠慮しているのだろうか
  二人の会話は弾まない
  時々ひそひそと何か話している
  以下、漏れ聞こえた言葉の羅列
    ソファー、
    書類、
    ないすい(内水?)、
    (ビールを注ぐ音)
    お医者さんも、
    だって、きゅ、
    珍しいなあ、
    (枝豆を口に入れて指でさやを押す音)
    (さやから水の出る音)
    観葉植物の方が、
    (煮込みの汁をすする音)
    さ、窓口で聞いた
  物音ひとつたてずに
  女、カルボナーラを食べ終える
  
  ラジオのナイター中継は
  相変わらず一進一退の攻防が続いている気がする
  タクシー無線が入りしきりに
  三号車どうぞ
  と繰り返している
  わたしは少し歩きつかれたが休むわけにもいかない

お客さんはどこのファン?
いえ、わたしはあまり野球のことは詳しくないんです
そう、このままナイター聞いてていい?
どうぞ、一進一退のようですし
ビールもう一本ください
恰幅の良い男がまた声を出す

  タクシー、一番線に到着  
  同時に
  わたし、止まる
  扉が開き
  たくさんの人が入ってくる
  車内が急に込み合う
  中年の男女は端の方にテーブルを寄せる
  タクシー、発車
  同時に
  わたし、歩き始める

  まだ三号車はつかまらないようだ
  本部からの無線は延々と続く
  人と人の隙間から先ほどの男女の姿が見える
  二人はうつむき
  もう話してはいけないことしか残っていない
  かのように沈黙している
  一進一退が終わらない感じがして
  あたりは少し寂しい
  窓の外にはありきたりに月がある
  月明かりのしたわたしは歩き続ける
  お客さん、窮屈ですいませんね
  運転手の声が遠くから聞こえる
  気にしないでください
  と答えはしたものの
  それが声なのか
  もはや自信もないほどに
  少し汗をかいている



愛しさと 切なさと aki


ありきたりな言葉が欲しかったんじゃなくて

ただ 君の心を訊きたかっただけだったんだ





僕らはあまり お互いの心を明かすことはなかったけど 

それでも 奥の方で繋がってると想ってたんだ

言わなくても 分かり合えると信じてた



すれ違っていた事に 気付きもしないで





あの日 君の涙の理由を深く考えなかった罰なのか



無条件に君の隣にいられることの意味を知ろうとしなかった罪なのか





もっと もっと話せばよかった

もっと もっと触れあえばよかった



愚かな僕のプライド

どれだけ君を傷つけていたんだろう





言葉がどれだけ大切か知ることが出来たのに

言わなきゃ分からないこともあるって





不器用過ぎた 僕ら



意地が邪魔をして 弱さを見せることが出来なかった



ただ訊きたかっただけ

ありきたりな言葉でもよかったんだ

君のありのままを 知りたかっただけ





手を繋いだ

それだけで綻んだあの頃のまま



桜色の景色が 今も君と共にありつづける





愛しさと ほんの少しの淋しさを残して

骨 古月


骨が出たんですって
公園の雑木林から

警察がいっぱい来て
もう ほんと
大変な騒ぎだったのよ

と母は
息継ぎすらももどかしく


骨は
脊椎動物の骨格を構成する個々の部分
結合組織の一種で
細胞間物質はカルシウム塩を含み
硬い
中心には腔があり
骨髄をみたす


焼いた魚の尻尾をつまんで
器用に背骨を剥がすくせに

たった半日ですら
瞼の裏に焼きついた

縁もゆかりもない
骨の重さを抱えきれない


三年前の夏に焼き場で拾い上げた
祖父の骨の白さが眩しかった

正しい手順で処理された骨は
腕の中で軽く美しい


やがて7時のニュースが始まり
公園の骨に名前がつけば

母の瞼の裏に焼きついた
骨の泥も拭われるだろうか


母の食べ残した骨を
足元の猫が

正しい手順で
美しくしている