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詩誌 空想
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二〇〇九年二月

2009-02-27 紡ぐ者 水瀬
2009-02-26 道化 古月
2009-02-26 女 古月
2009-02-26 夜風 水瀬
2009-02-26 試作(断片) 古月
2009-02-26 パレード 古月

紡ぐ者 水瀬


息を吸う
吐く
掌を閉じる
開く
そう
これは予備動作

指先から
送り出されて
意思
とめどなく

脈動は波打ち
呼応を重ね
駆け巡る

酸素を含んで
次々と
息を吹き返す
駆け上がる

そう
これは予備動作

道化 古月


赤い水玉模様に抱いた
未だ物心もつかぬ幼児の
ばたつかせる手が拭う
白粉の下に隠れた象皮に
深く刻まれた街区の端では
青痣と浮腫が今日も賑やかで
皆に愛されるお時間です

強いばかりの粗悪な安酒が
有り難い赤ら顔の寂しがり屋で
覚束ない足は支離滅裂で
野良犬だって近づきゃしない
それでも皆様ご安心あれ
幕間にお化粧直しをすれば
皆の愛する笑われ者です

風船細工のお馬さんも
精肉工場の腸詰も愉快で
細い糸で口を縛ったら
膨らむだけ膨らんで ぱん
びっくり箱の中でおやすみ
赤い水玉模様のついた
綺麗なお服を着せてあげます

可愛い子供が大好きなので
おあつらえ向きのお仕事です
街から街へと旅をするので
おあつらえ向きのお仕事です

女 古月


 母は、私と二人の姉を生んだ時に死んだ。二人の姉もまた、生まれてすぐに死んだ。祖母からはそう聞かされていた。
 私の顔をした女が、私の目の前に、いる。

 帰郷したのは出産のためだった。
 臨月に入った頃、故郷の祖母からお産はこちらでせぬかと電話があったのだ。私の田舎は山奥にある辺鄙な土地で、正直身重の身体での長旅に不安もあったが、都会よりは空気のよい田舎がいいだろうという夫の言葉も後押しして、私は懐かしい生まれ故郷の土を踏んだのだった。
 きっと元気な子が生まれるじゃろう、祖母は私の大きなお腹をさすりながら、顔をくしゃくしゃにして笑った。
 ぎゃあ、ぎゃあ、ぎゃあ、と屋根の上で烏が鳴いた。このところやけに烏を目にする気がする。お前には苦労をかけたが、それもこれで終わりじゃ、姉さんも、雲の上できっと喜んどる、きっと、きっと、どこかで、私の顔をした姉が、笑っている。

 女が訪ねてきたのは夜更けだった。
 ごめんくださいまし、女は玄関に上がりこむと懐から短刀を取り出し、応対に出た女中をあっさりと一突きで殺すと、ついで様子を見に出た叔父と叔母を刺し殺した。そして茶の間のテレビを消してから、まるで何事も無かったかのように、すいません、どなたか居られませんか、と声を上げた。庭師をしている女中の夫はそれを影から見ていて、震える手で受話器を取った。数度の呼び出し音が鳴り、駐在が出た。もしもし、なんぞございましたか、朗らかな声だった。暫しの沈黙の後、いえいえ、申し訳ありません、間違い電話をしてしまいました、お仕事ご苦労さまでございます、と、私の声で女は受け答えをして、しばらく生まれてくる子供のことや都会の暮らしのことなどを話した。その足元では庭師がむごたらしく喉を切り裂かれていて、そうして、女は穏やかに電話を切ると、仏間の戸をそっと開けた。

 みっつのひとつはとりにやれ。
 みっつのひとつはとりにやれ。

 女は唄を口遊んでいた。
 祖母は目を大きく見開き、喉を絞るように母の名を呼んだ。
 女は上機嫌で祖母の上に馬乗りになると、ほつれた白髪を掴み、百や二百では到底利かぬほども、祖母の顔をひたすらに殴り続けた。女は恍惚の表情で、相変わらず唄っている。みっつのひとつはとりにやれ、みっつのひとつはとりにやれ。
 あの女、この家を、わざわい、逃げた、わざわいが、わざわい、祖母は大量の血を吐いた。烏のように黒い血だ。いえが、たえる、いえが、たえる、額に、目玉に、頬に、鼻に、口に、顎に、拳が叩き込まれ、祖母はぐったりとして、ぎゃあ、ぎゃあ、ぎゃあ、と烏が鳴いている。

 家を絶やすことなど、とても容易い、それでも、人ひとりを殺すということは、とうてい容易くなどはない。女はそう言った。
 何もかもが死に絶えたあとに、死んだ女だけがひとり立っている。
 私はそれを、凝と見ている。

夜風 水瀬


夜風は
たくさんの情報を運んで来てくれる

はうあばうとゆう
遠く
近く
暖かい
寒い
そちらはどうですか?

今日も
夜風に
ひとひらの呟きを乗せて
誰もが
何かを
捜し続けていくだろう

試作(断片) 古月


野晒しで子守を唄う揺り籠の
骨はせめても美しき侭


 * * *


天仰げども身は土で
腹から芽吹く春を待つ


出来損ないは口を噤み
肋に住まう蛇に遣った


雪割りの種は朝露に濡れ
暗き伽藍は未だ生きている


流す涙は私を洗い
辿る道さえ分からなくする


足跡一つも残さぬように
帰る道さえ分からなくする


* * *


埋(うず)もれて天地山河の広けれど
此の身の外(ほか)に往く当ても無し

パレード 古月


街にパレードがやってくる。大好きなパレードがやってくる。誰もいない大通りを 人で埋め尽くすために、暗い夜を明るく照らすために、子供たちに忘れられない思 い出を刻むために、街にパレードがやってくる。鼓笛隊の一団が先頭を歩くと、静 かな街に歓声が上がり、真っ赤な絨毯が敷かれた道を、木馬に乗った衛兵が続く。 ビロードの旗が翻り、ラッパがひときわ大きく響く。子供たちはそれを合図に、こ ぞってパレードの後に続いていく。お父さんはもう、帰ってこない。お母さんは泣 きながら、笑った。大きな金色の流れ星が、願い事を叶えてくれる。

甘やかな夜に瞼を浸して、昨日の夢を溶かす。笑いたいときほど涙は零れて、君か らは見えない、ここにいたい。ただ、一度だけでも、誰か、一人の僕で居られたら 、苦しむことで満たされるのに、何もないと震える指を重ね、握りしめた、祈りの 形に吐き気がする。耳鳴りを懐かしみ探す、蜜蜂の羽音は、とても愛らしくて、脆 い。羽ばたきは軌跡を描き、入れる鋏を知らない、指先は羽に触れ、不連続線を破 る。認知できない、痛みは存在せず、深く突き刺した針が、抜けない。死んだ花を 愛でる僕の、小指の先を君にあげる。目覚めたとき、きっと君は傍にいて、花に埋 もれる、夢を見る。

朧げな輪郭を覗きこむ、日常的な行為。剥がれない視線に澱む、硝子細工の風船。 見えないものを見る誰かの目と、拾い集めては捨てる笑顔。同調する鼓動を唄う、 片隅の車輪。失くした足を縫い合わせた部屋。雨は降らない。落とした針だけが、 緩やかに溝を深める。傷をつける。言葉は反復して、鍵穴を塞ぐ。窓を壊しても、 外側は消えない。想像上の怪物。人と同じ怪物。感覚は認知する。実在を信じない 。白紙に落ちる影の色彩。暗い場所で息をする。加圧と冷却。羨みと妬み、憎しみ で育てる。他人の実在を信じる。架空の自分と、その位置。糸の先の針穴。向こう 側の幸福。穏やかで優しい人が、罵声を浴びせる。窓を打ち付ける。想像上の抑圧 と、想像上の自由と、現実の孤独。観念の遊び。抑え付けて、隠して、飲み込んで 、壊れる。喚き散らす。暴れる。泣き叫ぶ。理由を得る為の行動。幼児期の傷が、 溝から針を逃がす。

街にパレードは来なかった。夜の大通りにはたくさんの人が溢れ、硝子球のような 目はきらきらして、打ち上げられる花火を見ていた。明かりの消えた街並みは賑や かで、切り分けられたケーキのような景色に、蝋燭の明かりが灯されていく。カナ リヤ色の刺繍で飾られた楽団の、掲げた筒の先からは真っ黒な煙がもくもくと上が り、煤で汚れた町に流れ星が落ちるたびに、子供たちの暗い横顔が明るくなった。 光の尾を曳いて飛ぶロケットが、夜の星を落とす。お母さんは泣きながら、笑った 。星になったお父さんが、帰ってくる。